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【死生観・スピリチュアルケア・グリーフケア・わたしを生きる】

「やっと会えたね。迎えにきたよ」

少し汗ばむ夏の頃。
昭和のつくりの台所から続く畳の間で、おばあさんが横になっている。
少し微笑んだ顔。

時折、涼し気な風が室内を通り抜けていく。
だからか、扇風機のスイッチは入っていない。

しばらくして、台所の勝手口から、ひとりの青年が懐かしそうな表情を浮かべ、優しい笑みと共に入ってくる。

今風の若者ではない、レトロな出で立ち。
白の開襟シャツに、カーキのズボン。帽子は、テレビや映画で見たことがある、戦時中の兵隊さんたちが被っているような布製のもの。

「やっと会えたね。迎えにきたよ」

青年がおばあさんに言う。

声のするほうに顔を向け、手を差し伸べる青年にその手を重ねて、満面の笑みで起き上がったおばあさんの姿は、その青年と同じくらいの年恰好の女性になっていた。

旧知の仲のように親し気なふたり。

「もう、待ちくたびちゃったわ~」

茶目っ気のある笑顔で、女性が言う。

「僕だってずいぶんと、待ってたんだよ。さ、一緒に行こう」

ふたりは手をつないで台所の勝手口から外に出た。青い空が広がっている。

歩き初めたふたりの体は地面から足が離れ、徐々にその色彩を薄めて、空中を歩いていった。

やがてふたりの姿は龍となり、再会を喜んでいるかのように、くるくると舞いながら天へと昇っていった。

その女性と青年は、かつて夫婦だったのか、恋人同士だったのか・・・?

その青年は、若くして戦争で命を落としたのだろう。
女性は、おばあさんになるまで生き、そして、おだやかにその天寿を全うした。

青年はあの頃の姿で、おばあさんになったその女性を迎えにきてくれたのだ。
女性もまた、あの頃の姿になって最愛の人と手を取り合い、おだやかな世界へと旅立って行った。

このストーリーは、私 彩晋が、「イヤー・コーニング」というセラピーを受けている時に、感じた(観た)ものです。
私がその女性だったのか、青年が私だったのか、または、第三者として観る存在だったのかは分かりませんが、懐かしく、心地よく、安堵感に包まれた感覚がありました。

*イヤー・コーニング*
蜜ろうで作られた空洞の筒状のものを耳にそっと差し込み、セラピストが火を点けます。蜜ろうコーンの燃え方や火の様子は、人によって様々です。
リラックスしてウトウトする人もいれば、私のように瞑想状態になってイメージを感じたりする人もいたり、色々です。
終わったあとの短くなった蜜ろうコーンの中に残っている残留物も、人それぞれです。

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