神戸元町にある古本屋にて、ふと目に止まった一冊。

表紙の『西行』の副題である「捨てて生きる」という言葉と、少しページをめくると入ってきた「高野山にも入っていた」ということに興味を持ち、購入することにしました。
ほぼというか、これまで全く関心を持ってこなかった「西行」。
「百人一首に西行法師が入っていたなぁ」
「武士から出家したんだっけ?」
「放浪の旅をしながら多くの歌を詠んだのだったかな?」・・・くらいの乏しい私の知識の欠片。
〜『なげけとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな』(百人一首 第八六番 西行法師)〜
さて、
西行は何を「捨てた」のだろうか。
本を走り読みしてみた。
時は平安、1118年の生まれの西行、元の名は佐藤義清(さとうのりきよ)。
貴族社会においての身分はさほど高くないものの、様々なことに秀でた才の持ち主で、武士であった。
妻子があったようですが、23歳で出家し、ひとりで生きる道を選ぶ。
吉野山や陸奥、出羽、瀬戸内や讃岐(四国では弘法大師の足跡をたどって四国巡礼の旅。善通寺では庵を結びしばらく滞在)、高野山など、などさまざまな地で草庵を結び、和歌を詠んだといいます。
最後は、73歳で河内(大阪)で没する。
・・・
まるで「諸行無常」(世のすべてのものは移り変わり、生まれては消滅し、永遠に変わらないものはない) を体現してきたかのような人だ。
様々な労苦はあったでしょうが、それもまた、歌の素(味の素みたいだ😆)になっていたのだろうし、何よりも、印象は軽やかだ。
持たず、とらわれず、縛られず・・・
どれだけの内観をしながら、自分と向き合いながら、歩いてきたのだろうか。
この本の裏表紙の絵がいい。

“Feeling Good” な西行法師。


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