【死生観・スピリチュアルケア・グリーフケア・わたしを生きる】

涙色の花束

~涙色の花束を贈ろう・・・宇多田ヒカルさんのグリーフワーク~

こんにちは。いかがお過ごしでしょうか? 庵主 彩晋です。

(この記事は以前書いたもののリライトになるのですが、私の母が亡くなり早10年・・・そんな時期にまた宇多田さんの歌やその背景を思い出しましたので)

10代の頃から活躍されている、シンガーソングライター、の宇多田ヒカルさん。
2013年にお母さまを自死で亡くされています。
そして、2014年に年下のイタリア人の方と結婚、翌15年に出産され、2018年に離婚されています。

2016年にリリースされたアルバム、”Fontome”。
亡き母への想いを言葉に、そして歌にしたいくつもの楽曲。宇多田ヒカルさん自身も「書くことが自分のセラピーみたいな感じもあったので」と、インタビューで話されていました。

宇多田:初めてパソコンで歌詞を書き出したんですよ、作詞の最後のほうで。今回、特に歌詞が難しかった「花束を君に」と「真夏の通り雨」は、かなり時間がかかったんです。幾つかのキーワードがぽつぽつと浮かんで来ても、題材がデリケートなだけに上手く進まなくて。あと自分でも書くのがセラピーみたいな感じもあったので。

「宇多田ヒカル、新作『Fantome』を大いに語る「日本語のポップスで勝負しようと決めていた」https://realsound.jp/2016/09/post-9393.html

はじめて『花束を君に』の曲を聴いたときは、亡きお母様へ向ける、宇多田ヒカルさん気持ちに想いを馳せ、少し涙を覚えました。
次に聴いたときにいは、私自身の亡き母に想いを重ね合わせ・・・
そして、次は俯瞰して聴いていると、何かが心に染みてくるような感覚になりました。

「喪の作業」ともいう、グリーフワーク。
大切な人を亡くした、非常に悲しい気持ちを乗り越えていくプロセス(過程・道すじ)です。

宇多田ヒカルさんは、お母様を亡くされた当時、曲を書き、生み出すことが「グリーフワーク」でした。

私はどうだっただろうかと、振り返ると・・・
(父が癌で亡くなったあと、10カ月ほどして母も癌で亡くなりました)

先に父が亡くなったのですが、悲しさと後悔が途切れることのない状態ではありましたが、そこに留まっているわけにはいきませんでした。
なぜなら、癌で闘病中の母がいたからでした。

「亡くなった人よりも、生きている母を優先しなくては」

意識をむりやりに、そう持っていき、「自分よりももっと悲しい人がいる場へ身を置こう」と、葬儀司会の道へ進みました。

新しいことを学び、仏教だけでなく、仕事に必要なさまざまな宗教のことを広く浅くではありますが、勉強しました。
仕事での葬儀の場に自分の感情を混同することは、意外にもありませんでした。

でも、通勤で使う車の中ではよく泣きました。

母も亡くなり、その時には、グリーフケアやターミナルケアの講座に参加したり、「死」や「看取り」に関する書籍をたくさん読みながら、『死』と向き合っていました。

そしてその後、グリーフケアを本格的に学びに学校へ入り、また、自分の『死生観』の柱を立てるためと、臨床宗教師になるという思いがあり、仏門への扉を叩きました。

私のグリーフワークは、自分の生き方も変えていきました。

「花束を君に」宇多田ヒカル
「真夏の通り雨」宇多田ヒカル
「道」宇多田ヒカル

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